アラーム3回目で起きて
顔洗って
トイレ行って
テレビつけて
朝食の準備して
お弁当作って
家族を起こし
朝食を食べ
夫を駅まで送り
子どもを見送り
着替えて化粧をし髪を整え
駅まで歩いて
電車に乗って
会社に出勤して
お弁当を食べ
逃げるように退社して
子どもを迎えに行き
夕飯の準備して
夕飯を食べ
食器を片付けて
子どもの宿題を見て
洗濯物を片付けて
お風呂を沸かして
髪を急いで乾かし
夫を迎えに行き
夫の夕飯を準備して
子どもを寝かしつけ
洗濯物を干し
テレビ見て
スマホいじって
歯を磨き
死んだように寝る

こんな毎日。

平日はあくせくとお金のために働く。

家族や友達と過ごす時間はごくわずか。

休日は稼いだお金をちょっとしたレジャーや外食に使い
ついでに手頃な値段の服や雑貨を買ってストレス発散。

こんな生活。

毎日同じことの繰り返し。

あなたはもしかしてこれと似たような生活ですか?

時間に追われて、家族の世話や家事に追われて
1日があっという間に過ぎてませんか?

おかしなことに、今の社会は

忙しいほうがいい

という風潮があります。

忙しく働いてる人が有能で
暇でのんびり過ごしてる人は無能

だから多くの人は

もっと忙しく働いてお金を稼ぎ
休みがあれば外へ出かけて、暇な時間をなくそうとします。

急いでご飯をつくり、ろくに噛まずに流し込むように食べ
ちょっと一息つこうと座ったらついついうたた寝。
バタバタと片づけてお風呂に入って、心を落ち着ける間もなく
ベッドに入り、朝はアラームの音で嫌々目を覚ます。

こんな生活だからデブになるのです。
自分の気持ちに向き合うことなく、一日を振り返ることもなく
ただ目の前のことをこなす日々。
時間を基準にして生活しているから時間に追われて余裕がなくなるんです。

「忙しい生活」というものは、質の観点から見ると
おそろしく質の低い生活です。

質の低い生活というものは、お金のあるなしとは関係ありません。

 

美に触れる時間を持っているか?

頭を空っぽにして思索にふける時間があるか?

自分の持ち物や部屋の手入れをし愛でる時間があるか?

好きな人とほっと一息つく時間があるか?

清潔で居心地のよい空間でくつろぐ時間があるか?

 

このような時間が生活の質の低下を阻むのです。
上質な生活というものは決して忙しさからは生まれません。

空を見上げて雲の流れを追う一瞬

道端に咲く小さな花に目を留める一瞬

電車の窓から見える景色にはっとする一瞬

そんな一瞬があなたの毎日にありますか?
あなたが今太っているならそんな一瞬はほとんどないんじゃないでしょうか。

心の余裕があなたの振る舞いを左右するのです。

ちょっとした仕草、表情、食事の仕方、会話で使う言葉のひとつひとつまで
余裕がある人とない人では天と地ほどの差があります。

それは太っている人に「痩せている人」との決して見えない差があるように
余裕がない人には決してわからない差でもあるんです。

心の余裕は自分の身体を顧みる時間を生みます。
自分の体調を考える時間を生みます。

結局痩せられる人というのは日常でそれをどれだけやっているかの話なんです。

食事のあとにバタバタと片づけてうたた寝することなく
身体にちゃんとした消化の時間を与えていることを意識して
今の食事は
「食べ過ぎたのか?」
「ちょうどよかったのか?」これを考えるだけでも大きな違いです。

痩せられない人はつまり常に【自分】を顧みていないのです。
ただ食べるだけ。ただ胃に食べ物を入れるだけ。受け身なんです。
デブは基本怠惰だから。
何か体にいい食べ物を入れればあとは勝手に消化してくれるだろう。
みたいな他力本願なんです。
ちょっと考えればいいのに。ちょっと振り返ってみればいいのに。
多くの美人はデブを見てそう感じているんです。

ロマの休憩所である焚火を囲み、そのロマは午後いっぱい何もせずにいた。
何もしないとは、忙しさを主張する人よりも多くのことをしている。
なぜならば、それは思考、瞑想、心に空間を作るため、
思考の放浪、メンタル的なものの彷徨に費やされる時間だからだ

ミシェル・オンフレ(フランスの哲学者)『コスモス』