世界で最も活躍した日本人女性スポーツ選手といえば
あなたは誰を思い浮かべますか?

浅田真央、谷亮子、吉田沙保里、澤穂希・・・

おそらくあなたがどんなスポーツが好きかで違ってくるとは思いますが
私の場合は

 

クルム伊達公子選手です。

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彼女は1996年に一度引退をしています。
その12年後の2008年に現役復帰しています。なんと37歳でです。

彼女の全盛期の活躍をリアルタイムで記憶している世代は30代後半~40代以上ではないでしょうか。

私自身、当時テニスをやっていたこともあり彼女のスタイルやファッション、アイテムにも
注目して憧れを抱いていました。

彼女を語るうえで欠かせない、必ず出てくるエピソードをご存知でしょうか?

1996年の国別対抗戦フェドカップのグラフとの対戦です。
シュテフィ・グラフは当時世界ランキング1位の女王でした。

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「死闘」と呼ばれた試合。この試合の興奮を語れる人間は間違いなくテニスファン。
そしてそんな人とは私は一瞬で打ち解けることができます(笑)

当時、伊達選手は膝の靭帯を怪我しており歩くのも困難な状態。
しかも過去6度対戦経験があるものの一度も勝利したことのない最強の女王グラフとの戦い。
誰もが

勝てるはずない

と思っていました。
案の定、第1セットから0-5といきなり5ゲームを連取されます。
ですがここから奇跡が起きるのです。いや奇跡ではなく伊達選手の本領発揮です。
この不利な状況からじわじわと巻き返しなんと第1セットをとってしまったのです。

そのあとはお互いまさに気力の戦い。伊達選手の不屈の精神と有明コロシアムの応援が
味方して大金星をあげることになりました。

さてここで彼女の生い立ちをおってみることにします。

1970年、京都の西陣近くに3人兄弟の末っ子として生まれました。
初めてテニスと出会ったのは小学1年生のとき。両親の通うテニスクラブに
ついていき、遊んでいるうちにテニスに興味をもつようになったといいます。

中学卒業後、当時テニスで全国一だった強豪校、園田学園に入学します。
親元を離れた寮生活。まさに朝から晩までテニス漬けの日々だったようです。

伊達さんの名前が全国で知れ渡ったのは高校2年生の時でした。
プロも出場する全日本選手権でいきなり4位入賞。
「すごい人がいる」ともっぱら噂になったようです。
そして高校3年のときにはインターハイでシングルス、ダブルス、団体で
3冠という偉業を達成しました。

1989年、高校を卒業した18歳の伊達さんはプロの道を選びます。

わずか2年後の1990年。全豪でグランドスラム初のベスト16入り。
1993年、全米オープンベスト8入り。
1994年、日本人選手として初めてWTA世界ランキング9位を果たす。
1995年、WTAランキング4位に。
1996年、有明コロシアムでのフェド杯では当時世界1位だった
シュテフィー・グラフを撃破。
ウィンブルドンではシュテフィ-・グラフと決勝進出をかけて
闘うも日没延長。2日間かけての闘いの末、惜しくも日本人初の
グランドスラム決勝ならず。

1996年、当時16歳だったマルチナ・ヒンギス戦を最後に引退。

現役生活は約8年。
意外と短くて驚きです。
それだけ短期間での偉業を達成し
日本テニス界で最も記録と記憶に残る選手となったのです。

25歳と今思うと若くして引退した伊達選手。
引退の理由は体力と気力の限界だったとのことですが私が印象に残った言葉があります。

一生の運を使い果たすのではないかと思った。

というようなことを言ってたんですよね。
これって男性にはあまりない感覚らしいのですが

あまりに人生でいいことが続くとこれで自分の運が尽きる

と女性は思う傾向があるようです。
日本人初の記録を打ち立てて世界4位。
今でこそ錦織選手など活躍している選手がいますが
当時はたった一人ですからね。しかも女性。

このままいくと私は結婚も出産もできないんじゃないか

というふうに思ったとどこかで読んだことがあります。
傍からみれば「もったいない」ですが
何だかベストを尽くした人ならではの言葉のような気がします。

引退後は子供好きの伊達さんらしく「カモン!キッズテニス」の活動を全国各地で
行うようになりました。
当時私は会いたくて会いたくて・・・。申し込みたいと何度思ったか。
もちろん当時は大学生でもちろん独身でしたので無理な話。今なら行けるのになあ・・・。

2001年。引退から5年。
31歳の伊達さんはレーサーのミハエルクルムさんと結婚します。
ドイツの方です。かっこいいですね・・・。

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なれそめは1998年、フランスの24時間耐久レースに出ていたミハエルさんを
確か片山右京さんが紹介したとかいう話でした。
伊達さんは友達感覚だったらしいですが、ミハエルさんは

「僕の奥さんを見つけた」

と友人に電話していたほど。うらやましいですな・・・。
というのもミハエルさんは伊達さんと直接会う前からテレビで見て
好意を抱いていたらしく、知り合いを通じて何度かアプローチをしていたそう。
ですが伊達さんはほかの相手(ビスマルク選手?)がいてお断りしていたようで。

日本人より日本人らしいという彼に惹かれ、結婚してモナコに住み始めます。
モナコ・・・・!!一度は行ってみたい街ですね。
今話題のタックスヘイブンで富裕層が集まる国でもあります。

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ああ、やっぱり伊達さんはセレブなんだなあ・・・とちょっと寂しい感じ(笑)
雑誌やテレビで私生活を披露されることも多く、本当に憧れていました。。

そんな憧れの生活のイメージとは裏腹に伊達さんは長年不妊治療されて
悩んでいたことを書籍やインタビューで公表しました。
ここであまり深くは触れませんがその時にミハエルさんがかけた言葉というのが

ぼくは公子と結婚した。子どもと結婚したわけじゃない。公子か一番大事だ。

伊達さんはほんとに素敵な人と結婚されたんだなあ・・・と。
ファンとしては涙が出るほどうれしい。。あなたがファンならわかると思う(笑)

その後、テニスではなくマラソンに挑戦。
2004年ロンドンのフルマラソンに出場します。
当たり前ですが、身体能力高すぎ(笑)

2008年3月15日。
東京・有明コロシアムにてシュテフィ・グラフ、マルチナ・ナブラチロワとともに
エキシビション・マッチを行うことが決まりました。
伝説の選手たちを前に伊達さんは半年間練習を重ねたようです。

マイクからはいつも「公子、復帰すればいいのに」って
ずーっと言われてたんですけどもう10何年も経っているし
自分もやる気がないし…という話をしてたんですけど

半年くらい練習して、体作りをして、健康にも気をつけて
ケガにも気をつけてやっているうちに何となく継続してみてもいいかな
って気持ちがふつふつと湧いてきて…。

プラス、マラソンにチャレンジしたりとか
これまでもやってきて、やっぱりスポーツが大好きだし
チャレンジすることが大好きだし
だから4位になったとか、過去のテニスプレーヤーだった伊達公子
っていうことよりも、いまの自分の中でチャレンジしてみたいっていう気持ちが
強くなったんです。

結果は伊達さんが2試合に勝利。復帰する追い風になったのではないでしょうか。

2008年4月7日。現役復帰宣言。

この日、私は泣きました。テレビのニュースを見てうれし泣きでした。

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その後の快進撃は大々的に報道されご存知の方も多いと思います。

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現在、伊達さんは大手術をされてリハビリ中です。
医師から「アスリートレベルのカムバックは難しい」と言われての決断だそうです。

ダイエッターのあなたには以下が参考になるかもしれません。
伊達さんがあるインタビューでこう答えていました。

美しさの秘訣は?

* 水分補給はしっかりと
* バランスの良い食事を摂ること
* 脂分の摂りすぎには要注意!
* 朝は、フルーツをたくさん食べる
* 早寝早起き、トータル8時間は睡眠を

美しいと思う人は?

整いすぎている人よりも、透明感やナチュラル感があって
少し「素」の見える人が、自然体で美しいなと感じます。
同性で興味をそそられる人って、「生き方」が 大きなポイントになるんです。

外見に磨きをかけていくこともとても大切ですが
内面からにじみ出るその人の味みたいなものに惹かれてしまう。

目に見える物だけをきれいにするのではなく、見えない部分も美しくありたいですね。
それが「自分のために、きれいになること」だと思うから。
外からも、中からも、美しさに磨きをかけていたいですね。




伊達さんが輝き続けているのは、一言で言ってしまえば
常にチャレンジし続けているから。
口で言うのは簡単ですが実行できる人というのはそうそういません。



最後まで読んでくださったあなたに『幸福論』から伊達さんの言葉を紹介して終わりにしたいと思います。


ブランクを経て、40歳を超えても、まだ戦うことを楽しめる力。
どのような状況にあってもあきらめない気持ち、ベストを尽くそうとする姿勢。
それは、多少の背景は異なったとしても私だけに与えられた特別なものではない。
当然同じプレイヤーである若手選手たちにも伝えられることであるし、テニスという競技の外にも通じるはずだ。

常にチャレンジし続けるのは、やっぱり楽しいことだと思う。
何かに向かっている時は誰でも、子どもと同じようにがむしゃらでひたむきになっている。
その子どもの頃の気持ちをもち続けるのは恥ずかしいことでもなんでもない。
むしろ大切なことのはずだ。

そこには、ナッシング・トゥー・ルーズ(Nothing to Lose)という言葉がある。
幸福とは、がむしゃらにつかみ取ろうとするものではなく
夢中になって楽しんでいる時にこそ、舞い降りてくれるものかもしれない。

だから今。たとえ自分がどんな環境にいるとしても、一歩を踏み出す勇気をもつ。
それも義務ではなく、楽しみながら。
一歩を踏み出す少しの勇気を誰もが手にするようになれば
世界はきっと変わる気がする。