7年前のエッセイなんですけど面白い・・・。寒くて運動する気もダイエットに対するモチベも
ダダ下がりの時に読むといいです。いまそんな気分です。マリコさん服買いすぎ、美味しいもの食べ過ぎ(笑)
やっぱりめちゃくちゃ稼いで豪快にお金使ってる人っておもしろいですね!
林さんは小説より断然エッセイ派です。この本はたぶん雑誌STORYの連載エッセイをまとめたやつだと思うんですが
一貫したテーマは

どうやったらオバさんにならないか

だそうです。

ほんとそれ大事。痩せても「オバさん」だと意味なし。

オバさんにはならずに、若い人には手の届かない魅力を持つ。
それはただひとつ洗練されることではないか。
この洗練という言葉は非常に難しい。華やかでもないし地味でもない。
知性も大切な要素であるが、それだけの女性もカッコ悪い。

ある時、「洗練」という文字を見て気づいた。洗われて練れていくことなのだ。
つまり過剰なくらいろいろなものを持っていた人が、次第にそぎ落とされていくことを
言うのではないか。最初から質素な人は洗練には届かないのではないか。

いやあ~素晴らしい。ほんとそうだと思う。
なんだかんだ日本は質素倹約が美しいみたいに貧乏人の妬みをごまかすみたいな風潮ありますけど
あれってどうなんですか。ミニマリスト!とか足るを知る!とかって結局負け惜しみから来てない?
お金をちゃんと稼いだり使ったりした経験がない人たちが「お金なんてなくても幸せ」とか言ってるのってすごい違和感。
結局ナンバーワンよりオンリーワンが落ち武者発想って批判されたことあるけど、あれとまったく同じじゃないかな。
生きたお金の使い方ってよく言いますが、ほんとに林さんのお金の使い方にはアッパレ。さすがだ。憧れる。

オバさんにはなりたくないと決心を新たにできるエッセイでした。
ちゃんとやる気出てきた(笑)戒めに抜粋しておきます。

 

 

私は出来るだけ多くの女性に劇場に行って欲しいと思う。
たかがお芝居やオペラを見たからといって、それで知的な人間になるわけではない。
しかし教養というのは、こういうものをひとつひとつ積み重ねていく作業である。
興味を拡げ、そのために本を読み、人から話を聞く。そして自分の脳ミソと体が、
ほんの少しずつ変わっていくのを確かめる。

 

人間年とって嫌なことばかりでない。自分の頭の中で「好奇心」というものは
すくすく育っているのである。そしてそういうものに水と肥料を与えるのは知性というものだ。

 

「それなりのことをするなら、全体にそれなりのことが必要だ」
というのは私がいつも心がけていることだ。バーキンを持つなら、カジュアルな服装の質のいいもの
でなくてはならない。それと同じように、茶髪にするのなら、他のものが必要なのだ。
センスのいい服装。ぜい肉のない体。そして手入れのいきとどいた肌と髪でなくてはならない。
言っちゃナンであるが、こういうことをするのは、都会の茶髪である。
「田舎の茶髪」「都会の茶髪」と思い浮かべてみると、やはり必然性のあるのは都会の茶髪である。
私は田舎のオバさんたちの、手入れのしていない、根元が黒い茶髪を見るたび
「いったい、何を思ってこういう髪をしているのか」と考えずにはいられないのである。
これは自戒を込めて言うのだ。

 

美しい中年のグループになるというのは、なんとむずかしいことなのであろうか。
よっぽど身のまわりにお金と手間をかけ、緊張を持たなくてはならない。
そもそも若い女性ならともかく、「ツルんでいる」という事態は、それだけで
決して見よいものではないのである。~中略~ババっちいグループには入りたくはない。
そもそも昼間見る中年グループは、美しくないのである。

 

ロマンティックなことが起こるのは、働いている女の特権である。
今の世の中、働いていさえすれば、既婚者も独身女性と同じような場所に
立てるのではないか。たまにのことであるが、男の人と食事したり、お酒を飲む
こともあるであろう。

 

独身女性たちを素直に羨むことの出来る自分が、私はちょっと好きだ。
他人の人生をまだ私は認めることが出来る人間だと思うからである。

 

~歌手の矢野顕子さんとお話しした。矢野さんは最近、ニューヨークでせっせとジム通い
をされているそうだ。
「アッコちゃんとジム通いは似合わない」
正直に言ったら、
「ジム通いは、自分の尊厳を守るためよ。」
という返事がかえってきた。自分の尊厳を守る。いい言葉だなあ。そうだ、食欲にうち勝つことが
出来ない者に、どうしてプライドや美意識が生まれるだろうか・・・。

 

ビンボー人に美人妻なし

 

他人の手がかかる時間と、美しさとは比例する。

 

「客観性」というのは、中年女にとってむずかしい。アホなことばかりしていた青春時代よりも
むずかしいかもしれない。が、そんな時は同い歳の女の顔を見る。
見よ、真実は目の前にある。

 

私たち中年の女は、有史以来初めて直面する、大変な課題を与えられていると思う。
それは、四十、五十になっても美しくあり続けること。女として降りないこと、
というこの二つだ。
中年の女というのは、もはやあまり失敗は許されない。若い時ならみんなが笑ってすませて
くれることが、大きな意味を持つこともある。これは人生における、大きなどうのこうのという
ことではなく、日常生活における美意識の問題だ。だからこそ大切にしたい。

 

「メリハリをつけなきゃ、大人のダイエットなんか長続きしないよ、どっちもやらなきゃ。」
大痩せした男が言ったので、かなり説得力があった。
「そりゃ一晩食べると太るけど、また立ち直る。また次の日からダイエットする。
その心がけが大事だよ。マリコさん」