人にはモラル・ライセンシングという性質が備わっています。
これは

正しいことをした後は、少し悪いことをしてもいい

 

と考えて誘惑に弱くなる性質のことです。

ダイエット中なんかしょっちゅうこういう場面に遭遇するはずです。

 

 

まじめに魚と野菜とヘルシーな食事をしているから
今日ぐらいケーキを食べてもいいはずだ

とかね。

さっきの食事をちょっと我慢してヘルシーにしたから
次は好きに食べても相殺されるはずだ。

とか。あとは運動したからちょっと多めにご飯食べてもいいとか。
人は「正しい」という理由で何かをしてしまうと結果的に
誘惑に負けやすくなるんですね。

しかもこの性質の嫌なところは「正しいことをしよう」と思っているだけで
実際には大して正しいことをやっていなくても誘惑に弱くなるんです。

例えば、ダイエットに関して正しくて共感できる文章を読んで

やっぱりそうだよね~

って思っただけで。行動を起こしてないにも関わらず、実際に行動を
起こした気になって羽目を外すようになるんですね。
メルマガ読んで、ブログ読んで何にもやってない人たちはその罠に落ちてるわけです。

実際なんにもやってないのにやった気になってる

ってやつです。多い多い。ほんとに多い。
節目節目で「ここで受講してからあなたの起こした行動を教えて下さい。」とか書いてもらうんですけど

え?これが行動?

ってこと書いてる人いっぱいいます。それはただの日常の延長、受け身だよっていう・・・。
おそらく今までの人生で「勇気を出して行動してきた」っていう経験が皆無なんじゃないでしょうか。
なんとなーく周りに流されて、流れに身をまかせて、無難な選択をしてきたような人。
本人は思い切って決断してきたと思ってるかもしれないですが、多くの人がやることを後追いで
なぞってきたような人。だから行動力が「ない」んじゃないかと。行動を起こすときって
少なくともお金か時間がかかるわけでそのどちらも大して差し出さずに起こしている行動ってやつは
ただの日常の延長でしかない。「起こした」ってほどの行動のレベルには程遠い。だから結果でない。

じゃあモラルなんちゃらの罠に落ちずに、行動を起こして目標を達成するためには
どうするかっていうのは、正しいからという理由で何かやろうとするんじゃなくて
「好きだから」っていう理由でやればいいんです。
とは言うんですが、ダイエットのために好きだから起こせる行動ってない。
美味しいものを食べたいのに食べられないという前提があるし

私は好きだからヘルシーな食事をしてるんだ!

なんてまず最初は思えない。だから私は好きだからっていうより自分に絶対必要な事
だからやるっていう認識を持ってしまっている。もちろん正しいっていうのはあるかもしれないけど
人によって正しいの価値観なんて全然違うから。あんまり意味がないですよね。

身体に悪いもの、太りやすいものを食べ続けると私の場合必ず血液検査や尿検査なんかで
悪い数値がでる。悪い数値が出るってことはそのまま放置していれば例えばがんになって
まだ幼い子供を置いて入院したり療養したりあるいは死ぬことかもしれない。
まさに死と直結する数値なんです。
アラフォーにもなると身近にもちらほら配偶者が病気で亡くなって子どもがまだ小さくて
・・・みたいな話もあるし。他人ごとではなくなってくる年齢。
だからヘルシーな食事をして結果的に体型維持を気遣うことは必要に迫られていることだし
強い動機があるわけですね、死にたくない、生きたいっていう欲求が。だからやれる。

それが彼氏が欲しいと思っている20代によっては美しさを維持するために必要なのかもしれないし。
(美しかったら当然彼氏ができる確率があがる。)
30代だったら自分の理想とする綺麗なママでいるために必要なのかもしれないし(幸せ確認)
会社でウザいダサいデブな先輩として馬鹿にされずに綺麗でおしゃれで若々しい先輩でいるために
必要なのかもしれない。(プライドの維持)

人によって「必要」はそれぞれで、動機の強さもいろいろです。
が、やはり「死にたくない」っていう動機は最強です。私も20代、30代経験して
これはやっぱり最強だなと思える。

でも本心から絶対に痩せたいと思ってない人にとっては、検査結果ごときで「死ぬかもしれない」
なんてオーバーだ、まだそんなに肥満体じゃない、大丈夫って謎の安心感を持ってたりするものです。
だからその人の洗脳次第ってところも多少ある。
自分で自分を洗脳してモチベを高めていくことが出来る人は基本素直なんですよね。腹黒くない。

この年齢でこの数値はヤバいでしょ!
このまま行ったら糖尿病とか、がんになるかもしれない。
がんになったら若いしすぐ進行するかもしれない。

って想像をどれだけたくましくして、切迫感を持てるかどうか。
それがやはり行動を継続できるカギと強いモチベーションになるんだと思いますよ。

これぐらいの数値でビビッてどうする。
まだ若いんだし、大丈夫。そんなに太ってないし。

みたいに投げやりなのか楽観的なのかわかんないですけど、そう思えるような人は
やっぱり人生の変化に心の底では期待なんかしてないし、自分の評価が
低いんだろうし、人や社会を常に斜めに見てるような人ですね。

で、そういう見方をする人って揃って貧乏なんですよね、なぜか。
たぶんそういう社会に対するスタンス、人生に対するスタンスや哲学が
富める道を閉ざしてるんだろうと思います。そういう人って体型には至極楽観的なのに
なぜか人生には悲観的なんですよね。これ以上望めないって思ってるのか普段から皮肉とか
愚痴とか噂話とかばっかりしてますよね。でもそういう循環にいるからしょうがないんだと
思います。

貧乏人には貧乏人たちだけで回ってる社会があってその循環から脱け出せなくて
お金持ちや上流の人たちだけで回ってる社会が別にあって、そこには滴るほどの
お金が動いてる。そのおこぼれをもらうのが貧乏人で。違う循環に行けない限り
人生って変わらないものです。自分がどの社会の流れの中にいるのか分かってないと
いけない。自分を変えたいならそこを脱け出さないといけない。

今のままの生活を変えたくないと思うなら、体型も変わらないし、それと連動して
経済状況も変わることはない。一生お金の心配をして、この先どうやって生きていこう
いまの仕事で定年まで大丈夫なのかな、果たして年金はもらえるんだろうか、
このまま行ったらどうなるんだろうみたいな漠然とした不安で苦しくなる一方です。

お金と見た目ってなんで連動するんでしょうね。不思議ですよね。
お金って言う実体のないものに対する欲求と食べるっていう本能的な欲求は
全然違うものなんですけどね。思うに「見栄」が絡んでるんでしょうね、きっと。
見栄で消費するのは貧乏人の特徴で、その見栄のせいで太ってしまうっていう皮肉。

見栄を張って消費する行為そのものが「人生に満たされていません」って表明してる
ようなものですから。だから不足感のせいで本能的な食欲が増すという関係。
密接です。人生に対する満足感が体型を左右するって真実です。