いつも心の琴線に触れる情報をありがとうございます。
アドバンス受講生の〇〇と申します。一受講生の立場でこのようなメールを
お送りすることは迷惑かもしれませんが、心をこめて書きますので、読んでいただけたら嬉しいです。

私はN様のブログに出逢ってから
ずっと自分の内面と対峙し続けているのですが、どうしても一人で考えるのは限界だな
と感じていることがあります。
N様の時間泥棒にならぬよう、まず簡単に書きます。

・beingとdoingのバランスに疲れる
・子育てがよっぽど向いていないのか苦痛でたまらない。
それなのに、母性に乏しい自分を開き直れないでいる
・一人が大好きで一人でモノを考えたりすることは大切だと思っているけれど
人とのつながりが人間を大きく成長させるということを考えると…もっと社交的になるべきか?

正解はその人の心の中にあるということは承知です、叱咤激励でも構いません。
上記を意識したブログを書いていただけるだけでも嬉しいです。
宜しくお願いいたします。

《beingとdoingのバランスに疲れたについて》
beingとdoingというと、N様ならすぐお分かりかと思いますが
自分が人生で「どうあるべきか」と「何を成すか」のバランスが私自身
分からなくなってきております。去年、一度結論は下しているのです。
自分の生きやすさ(どうあるべきか)と野心(何を成すか)は自分でバランスを保つべきだと。

私は、見栄っ張りです。強欲です。それゆえに奮起したりもしますが、疲れてきているのかもしれません‥
「見栄を手放したら生きやすくなるのに」と考えることもしばしば。
しかし、他人より劣る自分が嫌で(←自分軸が出来上がってないのも問題)
見栄を張るために無理やりでも頑張ろうとする自分の方がまだ強いです。
よって少々生きにくいです。嫉妬心もセットです。0か100か思考は危険ですが
「もう全部やめたい」と思うこともあります。

考えているうちに、自分の価値観ができあがっていないから
このバランスが保てないのだとも思いました。
でも、たとえば「キレイでありたい」と願う時。自分が気分よく過ごせるのはもちろんですが
「他人から見られて良く思われる自分」を意識しているのも含まれており、おしゃれとか見た目
って結局「人から見られた自分ありき」のものではないか?と物事を複雑に考えてますます混乱
している次第です。呆れますよね(笑)

とにかく、beingとdoingのさじ加減が自分でよくわからず苦悩しています。
以前、N様はdoing寄りだと読みました。私もdoing寄りだと自覚しておりますので
是非N様に心のバランスを保つコツを指南していただけたらなと思います。

N様にメールを書くことで「まだまだ行動が足りない」こともやはり自覚しました。
見栄を手放せない以上、頑張るしかないのでしょうか。正解は自分で考えろよって感じなのですが…。

最後に。アドバンス講座26~32の〇〇の話、とても良かったです!
(中略)さらに34を読み、私の一連の悩みは「もっと考え続ける」ことが必要なのか
とも感じました。もちろん、行動も。

アドバンス講座、これからも楽しみにしております。
アドバンスの先に〇〇があるとも読みました。気持ち悪いかもしれませんが(笑)
是非N様とお近づきになりたいです。あ、そこに変な依存心は無いのでご安心を!!
私の先を行く先輩として、女性として母親として教えを分けていただけないでしょうか。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。


こんにちは、Nです。メールありがとうございました。
早速ですが、私の考えでよければ参考にして頂きたいと思います。

まず、beingとdoingのバランスに疲れるとのことですが
正直に言うと私にはこれがちょっとよくわかりませんでした・・・。
おそらくBE-DO-HAVEの法則のことを言ってらっしゃると
思うのですが、解釈が私とは違うのかなと。

BEというのは状態であって、〇〇のような人間であるみたいなことです。
そしてそういう人間であればDOできる、たとえば〇〇を食べるとか運動するとか
そういうことですよね。
なので同列に語ることはできなくてBEのあとにDOがついてくる感じです。
BEが根深い思考習慣であるのに対し、DOは普段の行動です。
どっちに寄るかではなくてBEの土台の上にDOが乗っかる感じだと私は
考えています。BEが「考えること」「そうなりたいと思うこと」
DOが「行動すること」「為すべきこと」と分けて考えることはできないと
思います。BEありきのDOです。BEして、DOして、HAVEするではなくて。
順序ではなくて「人の在り方」です。あの人はBEがあるからDOできてHAVE
してるんだなという感じ。わかりますかね(笑)私も書いてて混乱してきました(笑)

ですのでバランスというのはとる必要がないというのが私の答えです。
同列に語れないことだからです。BEが整った状態であればDOができるので
DOできていないのであればBEの状態を変えることが必要です。
おそらく思考と行動のバランス、整合性がとれないということが言いたいのではないかと
思いますがそれはBEが確固たるものになればおのずとDOがついてくるはずです。
バランスがとれないように感じるのはBEが不安定だからです。BEがどっちつかず。

「自分軸が出来上がってない」のも問題とご自身で自覚されている通り、迷うということは
まだまだ自分の中で葛藤があるのだと思います。「自分の価値観ができあがっていない」
おっしゃる通りだと思います。これは他人にはどうにもできません。自分で悩む、考える
ということより、気づかされることだからです。

私も今までの人生の中で自然に気づかされて今があります。基本的に消去法です。
こういう生活はしたくない、こうはなりたくないというのは明確ですが
「ああなりたい」「こんな人生を送りたい」という思いはどちらかというと弱いです。
人ってやりたくないことは自然と避けているし、モチベーションとしてはそちらの方が
強いのではないでしょうか。人によるでしょうけど。綺麗な人をみてこうなりたい!で
頑張れる人もいるでしょうが、私の場合は母を見てこうはなりたくない!の方がよっぽど
強いです(笑)

頂いたメールを見て思ったのですが、正しさを追求しない方が良いと思います。
人生で正しさや正義を軸としていると生きづらい、当然です。人によって正しさは違います。
私がいま正しいと思って書いていることも〇〇さまには受け入れがたいこともあると思います。
それが普通です。正しいことにこだわっているといつまでも生きづらさを抱えていくことに
なります。0か100か思考は危険とおっしゃる通り、確かに正義を追求して自己満足は
得られるかもしれませんがそれが自身の幸せにはつながりません。人生に疲れてしまうスタンスです。

正しさにこだわる人はやはり幼少期の育てられ方、〇〇につながってくるところだと思いますが
自分の価値観を見直すいいきっかけになっているのではないかと思います。
すぐに変えることはできないと思いますが、例えば社会のルールに反することをやってる人に
「イラッ」とくるとか不倫している芸能人のニュースを見て腹が立つとかそういう気持ちが日常的に
起きている場合、そのときにその感情を自分から離して「どうしていまそんな風に感じたのか」と
考えることも有効です。以前ブログで紹介した嫉妬心の本にもその辺のことが書いてあった気がします。
書店に行けばその類の心理系の本がたくさんあるので探してみるといいと思います。

見栄をはってしまうという行為も相手より常に上の立場に立ちたいということにつながっているのだと
思いますが、これは自己肯定感の問題にもつながります。普通の状態だと相手より下だから上に
立つために見栄を張るわけです。普通の状態だと人より下だと思っていること自体が自己肯定感の低さを
表しています。自己肯定感については高める方法とか心理療法としてインナーチャイルドワークとか
ありますが、簡単なものとしては小さな成功体験を積むのが一番手っ取り早い気がします。人の役に立つ、
仕事で成果を出す、小さな目標達成を積み重ねる。セルフイメージとかアファメーションがおろそかに
なってくると昔の自分に引っ張られて弱い自分、もやもやした自分が再び顔を出してくると思います。
〇〇とか読み返してみてください。新しい発見があると思いますよ。

あとは質問に簡単に答えていこうと思いますが

子育てがよっぽど向いていないのか苦痛でたまらない。

子育ての何が具体的に苦痛なのかが書いてないので分からないのですが
まあ子育ては基本的に苦しいものです。私も苦しかったし、みんな苦しんでます。
でも産んだのは自分の選択ですしね。向いていないとかそういう次元に逃げていては
解決しません。環境の問題もあるんじゃないでしょうか。一人で子育てをやらざるを
得ないとか?よくわかりませんが子育ては決して一人でやるものじゃありません。
2人で作った子ですし、私は夫の助けが得られなかったので保育士さんを頼りにして
いました。

母性に乏しい自分
ということですが、他人と比べすぎです。母性は環境によって発揮されるものだと
聞いたことがあります。おそらく周りの友達やテレビのイメージで赤ちゃんとにこやかに
接する幸せそうなママのイメージに洗脳されているのではないでしょうか。現実は
あんなものではないですよね。他人と比較するのはやめましょう。ついやってしまうの
でしょうが、最初は意識してやめていかないと自分軸はいつまでも形成されません。
見栄を張るのも同様の心理です。他人と比べる人は【馬鹿】ぐらいに考えておくのが
いいかもしれません。

もっと社交的になるべきか?

これに関しては別になる必要ないと思いますよ。社交的な人間が成熟しているとは限りません。
山奥の田舎で一人暮らししてる人が未熟ですか?そうとも限らないですよね。
もちろん若い時期にある程度社会とのつながりがないと人間的に成長できないとは思いますが
林真理子さんいわく「人を成長させるのは育児ではなく仕事」だそうですよ。
もちろん仕事にまつわる人付き合いも含むのでしょうがあまり「社交的」にこだわる必要はない
と思います。私は非社交的です。ですがメールでこうやって見ず知らずの方と交流するのを仕事と
しています。成長しているかどうかはわかりませんが、勉強になりますよ。別に相対して人と会う
ことだけが必要不可欠ではないと思います。現代ではいろんな交流の仕方がありますよね。

おしゃれとか見た目って結局
「人から見られた自分ありき」のものではないか?


これはその通りです。結局そこに行き着くものだと思います。ダイエットも同様です。
どこかの記事に書いた記憶もありますがそこに気づくとみんな必ず成功していきます。
自分自分から一歩離れて客観視できると人って変われますよね。それが成長というんだと思います。
私はたとえダイエットであろうと独りよがりになるのはNGじゃないかなと思っていてやはり人様
あっての自分です。他人の目に不快に映らないように、、、がモチベの場合長続きします。
自己満足が主なモチベの場合は消沈しやすいです。それはやっぱり人間が社会的動物であって社会的に
承認を得られたい生き物だからでしょうね。承認欲求、、、みんなからいいね!が欲しいですよね、やっぱり。

私がDoing寄りだということですが、どこかにそんなこと書いたかもしれません(笑)
長年このブログやってるので試行錯誤しているところもあるのでご容赦ください。
行動が足りない、、、とのことですが足りないのではなくBEがまだ足りない、備わっていない
という方が近い感じを受けます。BEがないとDOが足りないように感じるのです。
要はBEが備わることでもっとDOできる。。。そしてHAVE=目標達成ですので。

このまま考え続けるというより、気づかされて変わっていくと言った方が近い気がします。
考え続けるということは前提が変わらない状態で脳に負荷をかけ続け無理やり自分を前に進ませるイメージです。
そうではなくて自分自身にいろんな新しい考えや言葉や情報や体験をシャワーのように浴びせるイメージです。
その気づきによって考え自体が変化していく。自然な流れです。時間も必要です。
その一連の経過がないとBEは確固たるもの、納得いくものに昇華しないのではないかと経験上思います。
BEは自ら作り上げるものというより、生まれる、自然と出来上がっていく、醸成していくものです。

正直BE-DO-HAVEについてここまで考えたことはありませんでした。
私がDOできてないのはBEがまだまだ未熟なんだなと思って考えたり本を読み返したり
〇〇を見直したりする程度だったので。考えるきっかけを頂きありがとうございました。


さてもうちょっといきましょう。。


見栄を手放せない、、、わかります。私も見栄っ張りですが、それはやはり自信のなさの裏返し
でしかありません。見栄を張っちゃう人は総じて自己肯定感が低いのは間違いありません。
〇〇を見直して日記で吐き出して、いろいろと試行錯誤の末、いつか見栄を張らなくても済む
ようになると思います。私もだいぶん軽減してきました。それはやっぱり仕事のおかげだと思います。
趣味でも仕事でも自己肯定感を上げてくれる何かが見つかるといいですね。ぐっと楽になると思いますよ。

そして最後に、「正解はありません」。正解は何か?と考えるのはやめたほうがいいですよね。
自分がつらいです。正しく生きる必要なんてありませんよ。ろくなことありません。
真面目なのは一見長所ですが、短所でもあります。どんなことでもそうです。物事の裏側を見てください。
この世界の「正解」に合わせる必要はなく(というか絶対的な正解は存在しない)、あなたの「信念」に
沿った生き方をした方がいいです。その方が後悔もありませんから。
そしてその「信念」は幼少期につくられ育てられるものです。〇〇と考えてもいいです。
〇〇を見直すのもいいですが、いろんな人の考え方、生き方をもっと知ることも大事です。
単純に「こんな人もいるんだ、こんな生き方もあるんだ、こんな考えでいいんだ」と影響を受けてください。
視野が狭い、思考が詰まる人は情報量が単純に足りてない、選択肢の数が少ないことがあります。

それは人と会うこともいいですが時間もお金もかかるので、本ですよね。読書を勧めるにはそういう意味も
あります。時代を超えて人の考えを安価な手段で(時間はある程度かかりますが)得られるのは本しかありません。

育児中で本が無理なら、今の自分の生活で不満に思っていることの原因を探して地道につぶしていくしかありません。
私は文章を読む気がしなかった育児中はよくスマホで名言とか読んでましたよ。気休めにはなりますし。
誰かと会って発散するのが一番いいとは思いますが一人完結できる方が時間の融通が利きますよね。
いまどういう状態で生活なさっているのかがわからないので想像でしか言えませんが、悶々となってしまうときというのは
ストレスが多い時です。ストレスは時間をかけてなくすか、発散するか、お金をかけて解消するかしかありません。
ご自分のできる範囲で焦らずに試していくしかありません。子育てとダイエットを両立するのは至難の業です。

ダイエットに失敗する人というのは自分の信念が確立されてない人が多いように思うのでその状態で子を育てるというのも
なんとも大変な気がします。子育てしながら自分も成長するなんて虫がいい話だなとも思います。辛抱強くなるとか言われますが
そもそも辛抱強さみたいなものは学校生活や仕事をしていく中で若いうちに身に付けておくべきだと思いますし。

話が脱線しましたね・・。状況がよくわからないまま書いたこともあるので的外れな部分も
あるかと思いますが、長くなりましたのでこのへんで終わりたいと思います。