ダイエット成功者の”遺言”というからには私の人生を振り返ってみようということで。

私がどういう風に育ったのか
何を考えて生きてきたのか
どんなことに影響を受けてきたのか

わたくしNの今までの人生をあなたにぜひ知ってもらいたいと思っています。

現在、体重を気にすることもなく、誰の体型と比べるでもなく
日々テキトーに、体型維持をゲームのように楽しみつつ暮らしていますが
ほんの少し前までは思い通りにならない体にいつもイライラして
いつも文句ばかりのネガティブな超めんどくさい人種でした。

共働きで朝から晩まで、仕事にこどもの送迎に家事にと毎日てんやわんや
座る暇もない日々が続くこともあり、常にイライラしてストレスまみれ。

そんな私ですが、普通の主婦というとちょっと傲慢に聞こえるかもしれませんが
周囲にいるママ友なんかと違った点といえば

読書量

これに尽きます。
私は本がないと生きていけません。一日でも活字に触れないと死にそうになります。
中毒です。活字中毒。読書の虫。

とにかく文字を追うのが楽しい。
時間を忘れるほど夢中になれる。
それは幼少の頃から見え始めていた私の性質でした。

 

 

Nの幼稚園~小学生時代

 

小さな会社に勤めるサラリーマンの父。専業主婦の母。
2つ上の兄がいて、待望の(たぶん)女の子として生を受けました。

ごくごく一般的な中流の家庭を想像してください。
私の誕生と同時に郊外の一戸建てを購入し、周りには同じような家庭の
同い年の友達がたくさんいるような、新興住宅地で育ちました。

特にお金持ちでも貧乏でもなく。
当時は共働き家庭=お金に困っている家庭というのが世間の認識だったので
当時の私は恵まれていたんだなと思います。

母に言わせると当時の私は

とにかくおしゃべりだった

よくいる口が達者な女の子です(笑)

兄の友達の名前や日頃の生活はほとんどわからないけど
私の友達の名前と暮らしぶりは毎日聞かされることですべて把握していた

それぐらい兄と口数に差があったようです・・・。

母曰く「けっこうめんどくさかった」そうで
そのめんどくさい時に私は一人で本を読んで過ごしていたらしいのです。
おしゃべり以外にはまったく手がかからない子でした。
幼稚園児で一人で放っておいても大丈夫な子だったのです。

小学生になってすぐ、今でも鮮明に記憶している出来事があります。

それは「図書室」を初めて目にした時のことです。

当時住んでいた町に図書館があったのか定かではありませんが
行った記憶はありません。
母は本を全く読まない人間でした。所有冊数0冊。
逆に父は相当な読書家でした。数百冊は所有していました。
もちろん私は父に似たんでしょう。

小学校の図書室は夢のような空間で興奮したことを覚えています。
教室でみんなと同じように先生の話や授業を聞いたり、手を挙げて発表したり
といったことにすでに苦手意識を感じていた私は
ゆとりある空間で静かにマイペースに好きなだけ
本が読める場所にこれから足しげく通うようになります。

 

私学研その頃夢中になっていたのは

 

ローラースケートです。
光GENJIの人気によって女子はみんなこれを履いて遊んでました。
ほかにはシルバニアファミリー、リカちゃん人形ならぬジェニーちゃん人形。
マドンナのマテリアルガールの曲に合わせて町内会のイベントでダンスを
踊ったりもしました。

 

となりのトトロが公開されたのも小学生のとき。スーパーマリオ、ビックリマンチョコ
ゲームボーイ、テトリス・・・。

 

「平成」と書いた紙を小渕さんが持っていたニュースを見たのも小学生でした。
美空ひばりさんが亡くなって連日歌う姿がテレビで流れていたのも強烈に記憶しています。

 

そんな時代、小学生女子の心をつかんでいたのが少女コミック雑誌の「りぼん」です。
ちびまる子ちゃんが大ヒットしたのもこの頃のりぼんからでした。

毎号ついてくる付録がそれはそれは楽しみで・・・。
読書好きの父が毎月欠かさず買ってくれるのが本当にうれしくて
「おとうさまさま」の状態でした(周りの友達はお小遣いで買っていた)

父は「本なら何でも買ってやる」という考え方で、漫画が本かどうかは微妙ですけど
本を買って読むことに関しては非常に寛容な人でした。

当時は古本屋も近所になく、本は本屋で新刊を買うしか選択肢はなく
小学生のお小遣いではほとんどの本が買えませんでした。

 

本は身銭を切ってこそ自分のためになる

 

と常々主張していた父ですが、この言葉は今の私を形作る大きなパーツになっているように
思います。現に息子には毎月コロコロコミックを買ってあげ脈々と受け継がれているという(笑)

 

今の私につながる片鱗が見え始める小学生時代。

 

思えばこのころから父と母は太り始めていました。
私は結婚して義母の料理をよく口にするようになってはじめて気づいたことがあります。

 

私の母は料理が上手い

 

それまで母が料理上手なんて思ったことありませんでした。
昔ながらの和食や子供が好きな洋食、父の酒の肴まで専業主婦なら
そこそこできて当たり前ですし、美味しく作るのは当然だと思っていました。
もちろんとびきり美味しいわけではないですよ?
ですが普通にちゃんと美味しい。それが当然だと思っていました。

しかし義母の料理は違いました。同じ県内の人と結婚したので
味の傾向に特に違いはありません。味の好みとかそういうわけでもないんです。
不味いわけではないのですが、ときどき「いま一歩」の料理が平然と出てくるのです。

魚がほんの少し生臭い
水分が出すぎてものすごく薄味になっている
食材の組み合わせが最悪

夫にもそれとなく伝えてみたことがあります。すると夫はこう言いました。

 

ー。母ちゃん料理うまくないから!!!

 

 

・・・・・。

 

 

義母は母と同じ専業主婦です。主婦歴も相当長いです。
そんな料理を常日頃から出されていたにも関わらず
夫や義父や義妹はそれを指摘することはほぼありません。
「そういう味」として受け入れているのです。
ちょっとやそっと不味くても「まあいいか。食べれるなら」と受け入れているのでした。

それは私の実家ではありえないことでした。

父は味にうるさく、ちょっとでも味付けが気に入らないとダメ出しをし
母に作り直しを命じていました(今考えると驚愕)

そして母は文句も言わず、言われるがままに作り直していました。

兄と私も同様に美味しくないときは「美味しくない」「いつもの味じゃない」
ときっぱりという子供でした(生意気~)

(実際、私は高校生ぐらいまで家族で外食するのをしょっちゅう拒んでいました。
その理由は「母が作った料理が外食より美味しいから」
母はそれを言われるたびただのお世辞だと思っていたようですが
私は本気でそう思っていたのです。)

母は家族によって料理の腕を鍛えられ料理上手になっていたようなのです。

毎日毎日おいしい料理が出てきます。
すると、どんどんどんどん食が進みます。

父は母と結婚して1年に1キロずつ着実に太っていきました。
「料理への探求心」
これが実家(デブ一家)と義実家(スリム一家)を分けた大きな要因だったのです。

小学5~6年になると、急に「男子」を意識し始めるようになりました。

スタイルがいい
顔がカワイイ

といったことが猛烈に気になり始めます。友達との話もそんな話ばかりで
あの子はカワイイよねとか、足が細いねとかとにかく見た目が気になる。

私がいたクラスで一番男の子にモテていたYちゃん。
小柄でややぽっちゃり、目の大きなショートカットの女の子でした。

そして2番目に人気のあったのがAちゃん。
(このAちゃんはのちに歯医者と結婚するのだ。さすが女子力高いだけある。)
Aちゃんも決してスリムというわけでなく、体格がよく決してスタイルがいいという感じではありませんでした。

 

女子は「痩せ」が好きでみんな痩せたがるけど
どうやら男子は違うらしい

 

ぼんやりとは知っていたけれど、やっぱり自分はいつでも痩せていたいって思ってました。
この2人の女子は顔が文句なしにカワイイ部類だったので

 

やっぱり男は見た目か

 

と思っていたことを覚えています。

 

 

 

ですがその考えを覆すようなことが私の身に起こることになります。

当時、私は学年で一番といわれるほどモテていた同じクラスの男の子Sくんに
ぞっこんでした。
そのSくんがなんと私のことが好きだという事実が発覚することになるのです。

 

まさに青天の霹靂とはこのこと

 

家とは違って学校では、大人しい、地味、真面目のイメージでとおっていた私。
成績は常に上位でしたが、可愛くもないので目立たず、かといって特別ブスといわれる
わけでもなく、存在感薄いこの私が、学年一のモテ男と両想い。

 

ありえない!
まさかと思いました。
誰の陰謀かと誰の策略かと思いました。

 

地味顔の私は、その安心感からか、うるさめの女子を嫌う地味系男子に割と
好かれてはいました。
私のことを「強烈に好き」オーラを出してくるブサ男もいましたが
所詮「俺にも手が届きそうな女」としての扱いです(笑)

 

しかしモテ男は違います。
ありとあらゆる女からのアプローチを受けながらも
誰とも仲良くしたりせず、ましては付き合うこともないガードの固い男で有名でした。

 

 

“誰も落とせない男”

 

 

私のことを好きらしいという事実が皆に知られることになり
どうやらそれが単なる噂ではなく本当らしいということになると
意外に周囲の男子は彼を応援しだします。

 

私はモテ男からこっそりとアプローチされ始めるようになりました。

 

手紙が回ってきたり、伝言が友達から届いたり
小学生なので可愛いもんですが周囲にはっきりとわからないように
こっそりとやるのが彼はうまかった。こういうところが彼をモテ男にしたんでしょう。

 

女心をくすぐるのがうまかった。

 

私はびんびんと彼の視線を感じるようになっていました。

 

「モテ男Sの本命はN」

 

これがクラスでは公然の秘密となっていました。

私自身戸惑ってはいたものの、有頂天でもありました。
なんでよりによってこんな地味女に?

 

と周囲の女子にねたまれているのもひしひしと伝わってきました。

 

学年で一番バレンタインチョコをもらった男です。
本命30個は下らないと言われていました。
光GENJIのかあくん並みの人気だったんです(笑)

 

うそかもしれないけど嬉しい
すぐに冷めるかもしれないけど幸せでした。
付き合ってはなくても(当時その小学校で付き合う小学生は皆無でした)
漫画にでてくるような「両想い」は天にも昇る気持ちでした。

つかのまでした。
ほんのつかのまの幸せ。

 

 

私は地に落とされました。

 

 

クラスの女マフィアにやられました。

 

 

そのマフィアKはとてつもなく意地が悪い女でした。
嫌いな人ランキングで常時1位を余裕でとっているような女でした。
※当時小学生の間では○○な人ランキングを勝手に作って発表するのが流行していた。
正直すぎて怖い・・・。

 

そいつにやられました。

 

朝、学校へ来て、下駄箱の上靴をとって履こうとしたその時です。

靴が抜けました。

「あれ?」

よく見ると、上靴のゴムの部分がハサミで切られていました。

 

 

やられた

 

 

その日はマラソン大会当日でした。私がターゲットであることをカモフラージュ
するためにクラス1のモテ子Yちゃんとその親友、私の親友も同時に切られていました。

精神的ショックを与えてマラソン大会で負けさせる

これが目的かのように装ってこの日の犯行です。

朝から大騒ぎになりました。

ですが実際、事の真相を知らないのは教師だけです。
「えらいことが起きた」と的外れな話をしているのは教師だけ。

誰がやったか
誰が標的か
目的は何か

クラス全員が知っていたんですからね。

 

女マフィアKは嫉妬にかられてNの上靴を切った

 

 

でもマフィアだけにこの女には男子も逆らうことはありませんでした。
とにかく逆らうとやばい。

 

この女の兄と姉はそこらで有名なヤンキーでした。
小学生がやるとは思えないことを躊躇なくやる女だからです。
男子がおしっこちびって全裸で逃げ出すようなことも平気でやる女。
それがKでした。

 

 

調子乗ってんじゃねーよというKからの警告

 

 

それからパッタリとモテ男Sくんからのアプローチは消滅しました。
だれも噂すらすることはなくなりました。

私とSくんの両想いはまさに「夢のような」出来事で終わりました。

 

 

女は怖い

と心底思いました。

 

 

嫉妬は人を狂わせる

ということを学びました。
人は感情に動かされると殺人までやってしまうということがよーく理解できました。
この世には怒らすとやばいやつがいると小学生ながら身に染みて感じることが
できました。

 

この世で何より怖いのは人の「心」なんじゃないか?
 人の心以上に人を狂わせるものはないんじゃないか?

 

 

ぼんやりとではありますが人の心の奥深さを知らされた気分でした。

ちょうど自我の芽生えを迎えた頃でもあり

自分って何だろう

この今の自分の気持ちはどこから来るんだろう

この内省するクセが現在へとつながっていきます。
メンタルに興味を持ち始めた最初の出来事でした。

 

今思えば大したことのないちょっとした嫌がらせでしたが
小学生の自分にとっては衝撃的な体験でした。

「顔が大して可愛くなくても誰かに好きになってもらえる」

ということを実感したこと、これはのちに大きな自信になりました。
YちゃんやAちゃんのようにとびきり可愛くなくてもどうにかなるらしい
ということに気づかされました。

モテ男Sくんが私のどこが好きだったのか?
これをSくんの親友からのちに聞かされることになるのですが

自分より頭がいい
物知り
話していて面白い

というものでした。それは当時の私にとって不満ではありましたが
今の私にしてみたら何て最高の褒め言葉なんだ!と思えます。

 

図書室に通いつめ、暇さえあれば本を読んでるような地味な私に

「人」としての興味をもってくれたんだと今は思っています。

 

 

地味、真面目、暗いと批判する輩も大勢いましたが、モテ男が
外見ではなく内面に価値を見出してくれたこと

これが私のとてつもなく強い心の支えとなっていくのです。

続く